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呼吸器内科

85歳女性、肺腺がん (多摩永山病院呼吸器科 谷内七三子)

概要

5年前、健康診断で胸部レントゲン異常陰影を指摘された。
左肺下葉に2cm大の結節影を認めたが高齢で症状もないことから経過観察されていた。
最近、食欲がなく体力が落ちてフラフラする、夜布団に入って暖まると咳が出る、37~38℃の熱が出るとのことで受診した。

初診時現症

高血圧、便秘にて他院で内服治療中。喫煙歴なし、粉塵吸入歴なし。

独歩、ひとりで受診、全身状態は良好(パフォーマンス・ステイタス=1)。体温36.8℃、血圧125/84mmHg、心拍数128回/分・整、
酸素飽和度96%(室内気)。胸部聴診で左呼吸音減弱。
表在リンパ節腫大なし、四肢浮腫なし、チアノーゼなし。

主な検査所見など

血液検査:一般採血データに異常なし、血清腫瘍マーカー上昇なし。
胸部レントゲン・CT:5年前の画像をとりよせてみると左肺下葉S8領域に2cm大の結節影あり。
今回は左大量胸水が出現、縦隔の右方偏位を認め、左下肺は胸水に圧迫されて無気肺となりもともとの結節影は確認できない。左肺門リンパ節腫大あり。

診断と鑑別診断

片側に胸水が貯留する場合、何らかの炎症性の胸膜炎を考えます。胸膜に炎症が起き異常にたくさんの胸水が産生されます。
炎症の原因として①腫瘍(肺がん、転移性、中皮腫など)、②感染症(細菌、結核菌など)、③膠原病(リウマチなど)、④粉塵吸入(石綿など)があります。
本症例は胸水の成分を調べたところがん細胞(腺がん)が検出され、肺腺がん+がん性胸膜炎の診断となりました。5年前に指摘された左肺下葉の結節影が原発巣(もともとの病気のスタート)と考えられました。

谷内症例1 図1、2.pdf

治療方針

まず局所麻酔下に胸の壁からチューブを挿入し、胸腔ドレナージを行いました。トータル1リットルの胸水を体外に排出した後、毎日新たに200mLの胸水が産生されました。
胸膜癒着療法(胸腔内に炎症を起こさせて臓側胸膜と壁側胸膜をくっつけ胸水がたまらなくなる処置)のため、チューブから薬剤(ドキソルビシン+ピシバニール)を注入し、新たに胸水が産生されなくなったところでチューブを抜去しました。胸水が排液され癒着療法が成功すると左肺の含気が回復し左下葉に3cm大の肺がん原発巣が確認されました。

造影CTによる全身検査の結果、他臓器への遠隔転移はありませんでしたが、がんは左胸腔内に広がっているがん性胸膜炎の状態であり病期Ⅳ期の進行がんと診断されました。
胸水中のがん細胞のEGFR(Epidermal growth factor receptor;上皮成長因子受容体)遺伝子変異解析で19番染色体に遺伝子変異が検出され、分子標的治療薬ゲフィチニブの効果が期待できるタイプであることがわかり、ゲフィチニブ内服治療を開始、その後原発巣は縮小し2年間、現在も安定して通院治療を続けています。

治療経過の総括と解説

悪性新生物(がん)による死亡は年々増加しており、昭和56年以降、死因順位1位となっています。平成26年の全死亡者に占める割合は28.9%であり、3.5人に1人が悪性新生物で死亡していることになります。その中でも肺がんは上昇傾向が著しく、男性の肺がんは平成5年以降、悪性新生物の中の死因第1位、死亡率86.0%となっています。女性の肺がんも上昇傾向が続いており大腸がんに続き第2位となっています(平成26年厚生労働省人口動態統計より)。

肺がんの臨床研究においては70歳あるいは75歳以上が高齢者と判断されることが多いのですが、高齢者は身体能力の個人差が大きいため、暦年齢のみで治療方針を決定するのではなく総合的機能評価を行い、治療を選択することが重要です。全身状態が良好であれば、肺がん以外の併存症による余命よりも肺がんによる余命の方が短いと考えられる場合は積極的治療を検討します。
 
肺がんの薬物療法の中でゲフィチニブをはじめとするEGFR受容体阻害剤は従来の殺細胞性抗がん剤に比べて負担が少なく、EGFR遺伝子変異がある人には高い効果が期待できます。特に女性、腺がん、喫煙歴がない、日本や韓国などの東アジアの人にEGFR変異は多く発現しています。いくつかの副作用に注意が必要ですが、1日1回の内服、安定すれば通院で治療可能、ということも高齢の肺がん患者さんに優しい治療であるといえます。

参考文献